公務員の副業・兼業の必要性について考える

エゾシカ
公務員は兼業・副業が必要かどうか考えてみよう。
キノコ
公務員は収入が安定していて、ボーナスカットなんてこともないし、純粋に仕事をこなしていけば良いと思うけど。
エゾシカ
「自分は分かっている」「考える必要はない」って思い込みは人生最大のトラップ。なにごとも自分の理性を使って考えてみよう。

公務員は一般的には景気に左右されず、安定的な収入を得ることができます。
そのため、経済的な不安から解消され安定した生活を手に入れたいと思う方には最も適した職業と言えます。
配属部署によっては、毎日激務で社畜のように働く毎日を過ごされている方も多いと思います。
自分の生い立ちと共に少しまとめました。


「大切にするもの」

僕はが通った工業高校は、学力レベルは底辺クラスでしたが、”道具”の取り使いに厳しく指導されました。
工業高校の道具といては、スパナやドライバーから始まり、ノギスなどの計測器具、切削機械の操作具など多岐に渡ります。
大体は鋼鉄製ですので、ちょっとやそっとじゃ壊れません。
ですが、床に落としただけで「この野郎!」とよく怒られていました。
この真意は単純に「道具を大切にしろ」これに尽きるのですが、僕は公務員の仕事そのものも「大切な道具」として捉えています。「生きるためのツール」のように少し蔑みた意味ではなく、真に大切にするものとしてインプットされています。

しかしながら、毎日残業の日々が続いたとしても、「やりがい」と「大切な同僚」に満ち足りているため、不満はありませんでした。

「自立とは何か」

先日、震災を切り口にした「自立」を問う記事を読みました。

大地震が起こった際、車椅子の著者はどのようにして、ビルの3階から逃げるか?とい切り口のもの。

階段は人混みで降りれない、エレベーターも使えない。結局居合わせた人に頼るしかいない。

健常者の方も地震により混乱状態で、人の面倒をみている余裕はない。

それでも、車椅子の私は、人の手を借りて逃げるしかない。

そうです。手段が一つしかない。

「自立とは、複数の手段を持ち合わせていること」こう表現されていました。

車椅子の方が社会的・経済的に自立していないと言っている訳ではありません。どんな人でも一つの手段しか持ち合わせいない場合、その場面において、苦境に立たされることがあるということです。

肉体的、経済的、精神的など色々な要素がありますが、副業に限って言えば、はこのうちの経済的、精神的な手段の二つの側面があります。

人生100年時代(人間の長寿命化と組織の短命化)

最近では、医療やそれに係るインフラが発達したことなどにより、人生100年時代と言われるようになりました。一方で、それに反比例するように、倒産企業の平均寿命は23年ほどと言われており、経済スピードに向上と相まって企業の短命化が進んでいます。

公務員の世界も同じです、僕は就職して2年で、独立行政法人に異動になりました。
公務員になったつもりが、気づいたら、退職願いを書かされ、一瞬で公務員の身分を失いました。
その独立行政法人は、国の機関の一部が切り離されて設立された組織です。
現在、その独立行政法人は採算が合わず、毎年莫大な赤字を抱えています。今後改善されていくと思いますが、どのような組織改変があるか分かりません。
現に、組織改変により他の省庁から流れてくる職員も多くみてきましたし、公務員=安定・安心の時代はもう終わったのです。

日本は終身雇用の美徳とされています。一生涯を貫く仕事があるというのは素晴らしいことだと思います。

よく公務員の職場では「趣味を持て」とアドバイスされることが多いです。これは「仕事は年功序列だし、頑張っても給与には反映されない。やりがいを継続的に感じ辛いから、他に熱中できることを持ちなさいという」意味です。

いいアドバイスだと思います。
その趣味は、夢中になるのが目的です。そのため、お金を稼ぐ”副業”であってもいいんです。

だからこそ、公務員の仕事を大切にしつつ、一生涯を貫く「仕事」にとらわれず、一生涯貫く「やりがい」をみつけ、経済的・精神的自立性を養うため2つ以上の手段を持つべきです。